しりあがり寿展
 「みんな雪にうもれてしまえ。」 in 名古屋
2020.1.31~2.22

しりあがり寿 展 「みんな雪にうもれてしまえ。」
2020年1月31日(金)~2月22日(土) 11:00~18:00 日・月・祝休み
会場:NODA CONTEMPORARY

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冬、雪、真っ白な季節。
しんしんと降り積もる雪を見てると、そこに埋れてみたくなりませんか?
一面の雪、何も聞こえない静かな世界、薄明かりの中、一人身体を丸めて眠りに落ちる。
悩みも思い出も凍りつき、すべてを忘れ、意識は遠のき、つかの間無が訪れる。
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……やがて新しい年が貴方を揺り起こし、眩い光の中であなたは目を覚ますでしょう。
そんなまっさらな目覚めを夢見て、あなたも雪に埋もれてみませんか。

しりあがり寿
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しりあがり寿個展に寄せて

 昨年末、銀座三越で行われた個展「みんな雪にうもれてしまえ。」は、しりあがり寿さんの百貨店での個展としては大丸心斎橋店、伊勢丹新宿店に続くものとなった。毎回個展に際して百貨店の方も交えて打ち合わせをするのだが、次々としりあがりさんから面白いアイディアが飛び出し、それはとても楽しい時間である。恐らく通常の百貨店での展覧会のスタイルから逸脱しているような、(いい意味で)くだらないアイディアもあり、それを真摯に受け止める百貨店の方を見ているだけでなかなかスリリングである。

 今回の三越個展は年末、しかもクリスマス時期での開催ということで、まずクリスマスのギフトになるようなものが商材として欲しいという三越サイドからの要請があった。そして冬といえば雪、ということで雪をモチーフにいくつかの面白いアイディアをしりあがりさんから出してもらい、「雪に埋もれる人々」という全体のコンセプトができた。
陶芸作品については2016年に初めて伊勢丹新宿店で個展を開催した時から作品を制作してもらっている。鎌倉の工房に出向いてもらい職人の方との共同制作をされるのだが、それはしりあがりさんにとってとても楽しい時間のようである。
個展に出品される作品の全てが新作である。そのエネルギーには毎回驚かされるのだが、とりあえずしりあがりさんは超多忙な方である。恐らく同時に抱えている仕事は数十件を数えるのではないか。そんな中で、我々ノダコンテンポラリーとしては個展の会期が近づいてくると、三越の方から内容についての問い合わせやリスト提出の催促が入る。なるべくしりあがりさんを急かさないよう気を使うのだが、だんだん不安になり、本当に作品を描いているのだろうか…、そろそろ催促してみようかなぁ…などとモヤモヤ考えていると、今回の場合はまず墨絵の作品が数十枚もどっさりと送られてきた。会期一週間前ぐらいのことである。墨絵作品は1軍、2軍としりあがりさんの中で仕分けられていて、当然1軍を優先的に展示してほしいということなのだが、その全てを額装する余裕もないし、ここから更に我々が選別しなくてはいけない。そして、2軍にも当然面白く捨てがたい作品がたくさんあり、この選定作業は困難を極めた。しかし、こんなに贅沢で楽しい仕事もそうはない。クスクス笑いながら、どの作品が売れるだろうかという、とても重要なことも考慮に入れつつ、作品を40点ほど選び、すぐに額屋さんに超特急での額装を依頼したのだった。
それ以外のボードにアクリル絵具で描かれた板絵作品や、陶芸作品のすべては、結局個展の展示作業時にしりあがりさんに直接納品してもらい、我々もそこで初めて実物の作品を見る、という結果になった。当然価格もその場で三越の方と相談しながら決めた。このあたりのギリギリさ加減は百貨店においてはかなり顰蹙を買う恐れもあるのだが、しりあがりさんならしょうがないか、と思わせる何かがあるのだろう、いつも百貨店の方には快く対応していただいている。勿論、その作品の量もさることながら、1点1点のクオリティも高く、我々としては待った甲斐があったというものである。忙しい中、ギリギリまで作品を制作してくださるしりあがりさんには毎回本当に頭が下がる。
今回も、展示作業は退店リミットの22時まで続いたが、銀座三越の皆さんは嫌な顔一つせず、しっかりと展示作業をしていただいた。しかも今回、多くのスタッフの方に作品も買っていただいた。この展覧会を一緒になって楽しんでいただいた銀座三越のスタッフの皆様は本当に素晴らしい。素晴らしすぎる。心から感謝いたします。

 会期中は、多くのお客様が訪れ、楽しんでいただけたと思う。老若男女、様々な方々が様々に作品に接し、笑ったり感心したり、時には呆れたり。ほぼ同様な形をしたピンバッチや箸置きのいくつかを真剣な眼差しで手に取ったり置き場所を変えて眺めてみたりと暫く悩みぬき、「これにします!」と選んで買っていただいたお客様の清々しい表情が忘れられない。
会期中の日曜日はしりあがりさんのライブペインティングが行われた。在廊される日もこの日しかないということもあって、多くのファンの方にお越しいただき、その後のサイン会も含めて大いに盛り上がった。しりあがりさんは直前まで何を描くか全然考えてないと言っていたが、始まってみればちゃんとお客様も巻き込んで笑いをとり、アドリブで描き進めた絵にもきちんとオチもつけてさすがであった。

 銀座三越での展覧会は、いろいろ反省点もあったものの、とても充実した内容で良い展覧会になった。しかし、まだまだ作品は残っていて、このまま終わってしまうのは勿体ない。そして、まだ冬であるうちに、東京でご覧いただけなかった我々の地元・名古屋のお客様にもこれはぜひ鑑賞してほしいという気持ちから、しりあがりさん、銀座三越様双方の了解を得て、今回名古屋での個展開催となった。前述の墨絵作品の中で温存していた作品数点を新たに額装して展示し、またライブペインティングで描き上げた作品もきちんと銀座から持ち帰り、展示させていただいている。

 近年、漫画家が「原画展」というかたちでギャラリーで展覧会を開くケースが多い。それはまさに漫画作品の肉筆原稿であったり、あくまでその漫画世界に軸を置いたイメージイラスト的な作品を展示していることが多いだろうと思う。それはそれで勿論いい。ファンにとっては堪らないだろう。
しりあがりさんの個展の場合はそれとは全く違って、すべてがオリジナルのアートピースであり、ひとつの展覧会のテーマに沿ってトータルとして見せる、展覧会そのものが一回限りの作品であるかのようなコンセプチュアルな取り組みである。漫画家しりあがり寿としての活動を見せるのではなく、漫画家としてのキャリアとは別の場所で、個々の作品は独立している。「漫画」という約束事から自由になった表現がそこにある。
しりあがりさんは漫画家としてのデビュー当時、主にパロディー漫画を描いていた。過去の漫画作品のパロディーなのだが、それらをリスペクトしつつも大いに茶化して笑いに変えていた。やがてそれは「漫画」という表現そのもののパロディー化に繋がっていったと思う。落書きのようなぞんざいな描線に見られる一見下手ともいえる描き方。漫画ってこういう描き方でもいいんだね、と我々は気づき、そしてそれは時にとてもシリアスな世界をも表現できるのだと驚いた。そして、しりあがりさんは「漫画」からさらに広げて「アート」や「芸術」というものもパロディー化しようとしている。「アートってこんなんでもいいんじゃない?」「アートって実はしょうもない」「アートってそれでもこんなにすごい!」などなど。そこにはつまり「アートって、要するに何なんだろうね?」という素朴で真剣な問いにテレ笑いしながら立ち向かっている一人のギャグ漫画家の姿が感じられるのだ。

 今回の我々ノダコンテンポラリーでの展示を、ぜひ多くの方に観ていただきたい。テーマは雪だ。墨絵の表現、白と黒だけの表現を見てほしい。雪とはつまり、白い。真っ白な世界だ。板絵の表現。白く塗られているだけの画面に、雪の感触が溢れている。この何とも言えない情感。上手い。これほど白を上手く表現できるアーティストがいるだろうか?白とはつまり余白だ。真っ白だ。何も描かれていない。何も描いてないのに、そこは雪だ。何も描いてないから、そこは雪なのだ。雪だから何も描かな……
……いやいや、この絶妙な白の表現を、白銀の雪の世界の表現を、ぜひその目で確かめてほしいのだ。きっとあなたもしりあがり寿の表現の巧みさ、そしてその奥深さに唸ることだろう。

黒坂行衡(NODA CONTEMPORARY)

NODA CONTEMPORARY

TEL 052-249-3155