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I LOVE SON |
自然の中の動物を、街で拾い集めた廃品でつくっている。 普段、何気なく使っているものたち。 それらには、捨てられるまでに、それぞれのストーリーがある。 誰かが使っていた自転車、小さい頃遊んだおもちゃ、壊れたちりとり、 サラ金の看板、置き忘れの傘・・・ その形には、捨てられるまでは意味があり、役割があった。 それらを拾い集め、つなぎ合わせ、新たな命を産み出す。 そうして生まれた動物は、私の子供たち。 それぞれに名前をつけ、我が家のリビングで一緒に暮らしている。 作品を、『鑑賞』するのではなく、『体感』してもらいたい。 実際に触れて、動かして、楽しんでほしい。 作品と見る人との距離を縮めたい。 |
富田 菜摘 |
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| エミリー | 伊右衛門 | 松子 | 五右衛門 |
ヤモリのうしろ姿――富田菜摘の子どもたち |
富田菜摘が作るものはシンプルだ。ふだんからストックされる金属やプラスティックなどの各種廃棄物やそれらのパーツは、富田の手によってゾウガメやイグアナやヤモリなどになる。動物はどれもよくできていて、その形態や仕草や表情は見る者のツボを刺激してくる。そして、そのような具象的表現としての本来的なたのしみの上に、私が感じる富田の作品のツボは、制作に対する誠実さと、制作することのよろこびのようなもの――すなわち作者の精神的メッセージの素直さであり、そのメッセージを動物たちが私たちの許に確かに運んでくることだ。シンプルとは、造形としての在り方のそのような純粋さ、そして表現の明快さの もちろん、造形自体にも富田の確かなセンスを感じることができる。廃棄物やごみを利用する作品は、それを美術だと言われても、やはり廃棄物やごみにしか見えない場合もまた多い。しかし、富田の作品はそのような段階を遠くに見て、軽やかでしかも豊かな感興を私たちにもたらす。廃棄物という素材はつまり既製品(レディメイド)であって、それらは本来の形態や色彩をもっている。すでにある形態や色彩を用いて制作するという手法は、それらを選択し、組み合わせるセンスが確かなときだけ効果をもたらすのであり、素材はもとの状態を脱して作意に染まることができるのだ。そうした既製品の各パーツの形態と、印刷された模様や色彩などに潜在する造形的指向(パーツがなりたがっているもの)に気づく眼、そしてそれら各パーツの希望を総合して1匹の動物と成す富田の手は、秀逸だと言わねばならない。 富田が、私たちが生み出した廃棄物を再利用すること――それはそれで意味がある行為だとも考えられる。あらゆる人間の営為は今日、盛大に消費し、厖大な廃棄物を生み出している。美術もまたしかりだ。富田の動物たちに、そうしたことについての感懐を抱く人もいるだろう。ゾウガメの甲羅のふくらみやイグアナのふんばった脚、ヤモリのうしろ姿やカメレオンの尻尾、破れカラスの羽は、そのような感懐を共有してか、あるいはまた造形としての純粋さを映してか、かすかにではあるがかなしみのような気配を帯びている。けれども、廃棄物でできたゾウガメの背に乗っても、ヒトや生物の未来に対する不安が軽減するわけではない。肝心なことは、廃棄物を再利用するそのことよりも、素直にしてセンスある作意によってそれらが動物として生まれ変わるということだ。そして富田の子どもたちは、見る者の内懐に容易に入りこんで、私たちの心を解きほぐすのだ。 |
嶋ア吉信 |
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| 孝太郎 | 又三郎 | カラスの晩餐 | 諭吉 |
| 富田 菜摘 (Natsumi Tomita) |
| 1986年 | 東京都 三鷹市生まれ |
| 2005年 | 都立国立高校卒業 |
| 多摩美術大学絵画学科油画専攻入学 | |
現在3年在籍 |
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| 2007年 | 韓国アートフェアKIAF出品(ソウル) |
| humanite lab vol.17 富田菜摘展 “GALAPAGO” ギャルリー東京ユマニテ(東京、京橋) | |
[爬虫綱有鱗目イグアナ科]富田菜摘展 スタートラインギャラリー(東京、原宿) |
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企画:アートソシエイツ八咫 |
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| 2008年 | FAMILY 富田菜摘と仲間たち |
| OTEMACHI CAFE(東京、大手町) | |
| メディア掲載 | |
| 2007年8月 | 芸術新潮8月号「STARDUST」にて紹介記事。 |
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